写真の桜は園芸療法ガーデンではなく,農耕場というところに生えている木です.生えていると言ったのは,文字通り,「生えてきた」からなのです.
かつて,冬場の農耕作業で暖を取るために薪を畑に積んで置いていたのですが,置いてあった桜の薪から芽が出てきて,それがいつしかこんなに大きな桜の木にまで育ったのです.嘘のような本当の話です.
さて,以前院内誌に桜にちなんだ文章を寄せたことがあったのですが,ふと思い出したので転載します.

「12の花の12の話」
4月 サクラ 〈cherry blossoms/Prunus spp.〉

 もしも桜の花の咲かない春がきたらどうだろう.あまり想像がつかないが,おそらく,大切なものをまったく見当のつかないどこかに置き忘れてきたような,落ち着かない気持ちで季節を過ごすことになる.桜の花はとりかえのきかない花だ.桜の花が咲いて,私たちの1年は始まる.
 春は生き物にとって特別な季節である.冷たい冬が静かに遠のいていき,眠りから覚めたものや新たな生命の息吹があちこちにあふれ出す.私たち人間も相違なく,落ち着かない心持ちになったり,何かを始めたいような気持になる.桜は,そんな感情の揺れ動きやすい季節のごくわずかな間だけ,枝いっぱいにびっしりと花をつける.その花びらには,迷いも喜びも,期待も不安も憂いも悲しみも,様々な感情が淡い色彩として滲んでいる.毎年忘れずに咲く桜の花を見て,私たちはまたひとつ長らえたことを知り,この1年で何を失い,何を得たのかと思う.その感慨は,桜の花咲く風景とともに記憶として重ねられ,桜の花はいっそう特別なものとして心に残る.
 風が吹いて,満開だった桜の花が散り急いでいる.幾枚かは静かに降りそそいで地面にはりつき,幾枚かは風に乗って,まるで蝶のようにひらひらと舞い飛んでいる.それはあたかも花びらそれぞれが,誰かのにじませた感情を表しているかのようで,それを眺める自分の感情まで強く揺さぶられる思いがする.

                                                                                                   Posted by 園芸療法士 剱持 

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