梅雨の湿った空気に溶け込んだ香りは甘くねっとりとしていて,強い印象をもたらします.
7年ほど前,院内誌にクチナシをモチーフにした文章を寄せたことがありますので,ここに再掲します.時々このシリーズを載せていますが,フィクションとノンフィクションのあわいとしてお読みください.
12の花の12の話
6月 クチナシ〈Common gardenia / Gardenia Jasminoides 〉
6月,雨上がりの庭には湿気と花の芳香をたっぷりと含んだ空気が満ちていて,そこで過ごすうちにいつか見た夢の中にいるような心持ちになる.
そこかしこに咲き誇る花々に祝福されるかのように,芝生のじゅうたんを花嫁が歩く.純白のドレスに添えられているのは,それもまた純白のクチナシの花.水分を含んで重たくなった空気は,濃緑の葉やとりどりに咲く花の色をそこに定着させて,白色を際立たせる.6月の英名の由来が結婚の神様の名前であることから,6月に結婚式を挙げること,ジューンブライドが幸せになれるといわれているが,1年のうちでもっとも美しく花が咲くがゆえに,花嫁になるのにふさわしい季節なのだと思いたい.
ドレスに飾られたクチナシの花は,その芳香で花嫁をやさしく包み込む.甘くねっとりとした匂いは幸福感をもたらして過去の艱苦を忘れさせ,未来を明るいものと思わせる.また,クチナシの花言葉は「喜びを運ぶ」「幸福」「美しい日々」「清潔」とあり,まさに花嫁を飾るにふさわしい花といえる.
雨が洗った景色を柔らかな陽射しが照らし,小鳥たちが美しい声でさえずっている.幸せを絵にしたような場面で,祝福の笑顔に囲まれた花嫁がこちらを振り向こうとするのだが,いつもその瞬間に夢から覚めてしまう.クチナシの花の似合う運命のひとの姿を,まだはっきりと見ない.
0コメント